仏教・お位牌とはまったく関係ありませんが小県ろぐ(ちいさがた・ろぐ)氏の「恐怖」を題材としたショートショートを連載することになりました。お楽しみください。

あなたと夜(恐怖)と音楽と 第3話 ボディー&ソウル(ジョニー・グリーン)

 吉村幸介の妻が新興宗教に染まり始めたのは、つまらぬ口げんかが元で吉村が初めて妻をしたたかに叩いて程なくのことだった。
 どんな教義の宗教か吉村は詳らかには知らなかったが、ただ、極端に物を大事にする教えだということだけは知っていた。妻は入信後ありとあらゆる不要になった物、卵や豆腐のパック、ぼろ切れ、空き缶などかつて吉村が書斎と称していた玄関脇の狭い板の間に押し込んだ。吉村は最初抗議の口を開いたが、妻はもともと細い目をますます細めて無言で睨むだけなので、いつの間にか諦めた。そのうちどこからともなく大量の、ある意味ゴミとも言える不要品を妻は集めて来出し、そうした不要物は2ヶ月に一度偶数月に信者とおぼしき若いものが軽トラで回収していった。
 そんな生活が一年ほど続いたなぜか奇数月、身なりのよい中年の男と若い信者数人が吉村宅を訪れた。中年男は懐から名刺を吉村に渡し、値踏みするように吉村を見詰めた。名刺には男の名と、当然ながら宗教法人の名と、男の所属が書き添えてあった。廃物顕彰事務局長とあった。
「奥様には大変お世話になっております」
男は頭を下げた。吉村も仕方なく口の中でもぞもぞと言い、会釈した。
「奥様の御提供される物たちは大変程度がよく、利用させていただいております。本当に感謝しております。また本日は実に素晴らしい物を御提供いただけるということで、勇んで参りました」
そう言って、若い屈強な信者達を振り返った。若者たちも吉村に一斉に会釈した。
「しかしつい先月皆さんがその、何というか、不要品をお持ちになったのでそんなに数はないと思いますが」
吉村はかつての書斎をのぞき込んだ。中年男はにこやかに笑い、
「いやいや御冗談を」
と言って若者たちを振り返った。と間を開かず彼らは吉村を押さえ込むと大きな袋を被せ、紐で縛り始めた。余りの突然のことで暗闇で身をくねらせるばかりの吉村に、中年男は静かに言った。「吉村幸介さん。あなたにもやっと人のお役に立てることが出来るんです。喜びましょう。あなたのその体の中の物たちは、困っている人たちのお役に立てるのです。あなたの魂はそれで大いなる世界に羽ばたけるのです。あなたは既に奥様の廃物なのですが、私ども顕彰事務局がその廃物を甦らせるのです。どうです、素晴らしいことだと思いませんか」
中年男は言葉を切って、やや考えてから付け足した。
「麻酔は内蔵によい影響を与えないとのことですので、 切り出しには多少苦痛があるかとは思いますが」
吉村は気を失った。

●表題の楽曲名とお話の内容は一切関係ありません

あなたと夜(恐怖)と音楽と 第1話 アンダンテ・マ・モデラート(ブラームス)
あなたと夜(恐怖)と音楽と 第2話 柳よ泣いておくれ(アン・ロネル)